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11月25日(術後5日目)夜8時を過ぎた頃、車椅子からベッドに移動し、ベッドに腰掛けてそのまま後ずさった。
方向転換しようとして元気な左脚で右脚を押しつつ…と、「グル(‥ )ン?」といういや〜な感じがした。
大変気持ち悪くしばらく静止した後、左右の脚を開こうとするが出来ず、いつもベッド上で両脚の間に挟んでいるバスタオル2枚を巻いて作った筒状のものを脚の間に入れようと試みるがビクともしない。
この時痛みは無かったが、やはりおかしいのかもしれないとナースコール。
駆けつけてくれた看護師さんは若くて、私の説明に先輩を呼んでくれた。
看護師さんに脚を触られて激痛が走った。
思わず叫び声を上げ、手を握ってくれていた彼女の指を思い切り折れるほど握り返してしまった。
騒ぎで病室の前に人垣が出来ているらしい気配はわかっていた。
すぐにサブの先生が来て下さり、再び脚に触れられて激痛!
脚のどこかを軽く触られただけでも痛い状態。
レントゲンが運ばれ、「ゆっくりでよいから脚を伸ばすように」と言われたが固まったようになって膝が伸びず、左脚が右の脚を支えようとして固まっていた。
脚が曲がった状態のままレントゲン撮影。
後で見せてもらった写真は、完全に人工関節のカップと大腿骨側が外れて横に並んでいた。
その後痛み止めを点滴してもらい、少し痛みはぼんやりしてきた。
直後には手術をすると聞かされていた。
幸い市内におられた主治医が駆けつけて下さり、外れた時の様子を詳しく尋ねられたが、その時は朦朧として説明が中途半端にしか出来ず、11時頃2度目の手術室、脱臼は手術無しで治して頂いた。
ただ全身麻酔をするので急遽家族が呼ばれ、夕食後時間を開けなければならないため、深夜の処置となった。
後日看護師さんから「よく麻酔科の先生が残ってくれていた。」と言われ、わが身の幸運に感謝。
回復室で「1週間絶対安静!」との主治医の声が聞こえた時は、ショックやったなぁ。
翌朝、胃の辺りに筋肉痛のような感じ…次第にむかつき、胃痛となる。
先生からは「ストレスやろ」と笑われ、気持ちをゆったり持つように諭された。
胃薬を処方してもらい、食事も軽いメニューに変えてもらった。
脱臼時の出血が自然に吸収されるのを待つ意味もあり、脱臼防止の装具が出来るまでベッドから降りてはいけないとの指示で、ベッド上に固定されることとなる。
脱臼直後は出血した液中に人工関節があり、特に外れやすい状態になっているらしい。
同時期に同じ病棟に入院していた仲間達にはとても優しくして頂き、特に入院当初同室になった方々には大変心配を掛けてしまった。
この後ほぼ毎日来て下さる主治医との会話の中で脱臼の原因が見えて来ると同時に、タブーが理解できていった。
一般とは逆のタブーというのがやはり難しい。
車椅子からベッドに移る練習は、私の脚の向きが一般とは違うことを知る前に受けていて、一般の人のように術脚を伸ばした状態でベッドに上がらなければならないと思い込んでいた。
私の脱臼の原因は外旋。
《脱臼のタブー比較》
| 一般の場合 | 初回手術後の私の場合 |
| 内股はダメ | 内股は構わないが、ブリッジがダメ |
| 股関節を90度以上曲げてはいけない 故に座ったままの立膝はダメ 座った姿勢でお辞儀もダメ |
座った姿勢で立膝をしてもよい むしろ術脚をいつも曲げていれば、 反る姿勢になる心配が無く安心 |
| 振り返ってはダメ | 左向け左はダメ、但し右向け右は(*'-')b OK! |
一般に脱臼した人はベッド上に文字通り固定されたまま寝たきりになるらしいが、上記のような理由で私は座ったり脚を曲げたりすることが許された。
11月27日装具の採寸があり、12月4日に出来上がる予定となっていた。
12月4日は抜糸の予定日でもあった。
装具が来てベッドから下りる日が、待ち遠しくもあり怖くもあり…と思っていた。
ベッド上にいても、毎日体を拭いて着替えをさせてもらう。
足を洗って頂く日もあり、ベッドごとシャンプー台に運ばれてシャンプーもしてもらっていた。
ずっとベッドにいるとお尻が痛い、背中が暑い、動かぬ右足の踵がベッドに擦れて痛かったりする。
ベッドを起こしたり、私が起きたり、ビーズクッションをかませたりして凌いだ。